「とにかくお金はなかった。将来の保証も何もない。しかし、好きだから続けられる。諦めてしまうのは簡単だけど、イバラの道、道なき道を選んで行け。それでも自分の主導権は自分にある清々しさ。楽しんで行こう。やめてしまったら、続けなかったら、永遠になんの結果も出ない。唯一のライセンスと保証は、ソレが好きだということ」
本書はイラストレーター・ラジカル鈴木による自叙伝である。話は18歳の専門学校時代から始まり、デザイン事務所でのバイト、最初の就職で飛び込んだエディトリアル・出版業界を経て、株式会社ラジカルを設立。5年間の社長時代を経た後、ついにイラストレーターとしてブレイクスルーを果たす!
……..と経歴だけ眺めてみると、いかにも華やかなサスセスストーリーを歩んできた人物のように見えるが、実情は毎日がギリギリの極貧生活。自由と欲望の間で、紆余曲折の人生を送ってきたラジカルであった。
父は事業の失敗で多額の借金を抱え、専門学校の学費は兄が全額支援してくれ、なんとか通うことができた。デザイン事務所のバイトでは「キミ、もう、いいよ」と言われ、約4ヶ月でクビに。初めて行ったソープランドでは、なんとも恥ずかしい思い出を残してしまう。安い飲食店でB級グルメに舌鼓を打ち、身体に悪いジャンクフードを好んで貪り食う毎日。ベロベロに泥酔して駅で行き倒れ、家に辿り着けない日もあった。
そんな”泥臭い”日々を送りながらも、ラジカルは「自分を見失わないように」と創作に励み続ける。支えてくれたのは親、兄弟、友人たちなど、周囲の理解者たちだった。
「クリエイトは根性だけではやれない、精神のバランスと心の健康が大事。自分にとってポジティブな良い影響を受けられる存在、賛同者を周辺に増やすべし」
ラジカルは、さまざまな人生経験から生きていく上で大事な「気づき」を得ていく。
「どんな仕事内容でも、とにかくベストを尽くすことを経験せよ」
「どんな案件でもいい、信頼されることが成長に繋がる」
「メインストリームは何処か?まず知って、それから覗き見なきゃイカン」
「忙しいヒト、一流のヒトの仕事を見るべし」
このコンテンツには、現場の生々しい失敗・成功体験から導き出されたラジカルの数々の教訓が紹介されている。それはまさに、好きなことをしながら食っていくために必要となる「クリエイターのサバイブ術」だと言えよう。
なんと言っても、赤裸々なエピソードをあけっぴろげに、テンポよくコミカルに描写していくラジカルの文体が面白い。どこか先日急逝した同世代の作家・西村賢太氏の私小説を彷彿とさせるところがある。読む人によっては「そこまでさらけ出しちゃっていいの?」とドキドキハラハラさせられることだろう。
本書は個人史であると同時に、当時の時代背景や社会的文脈を知ることができる、貴重な歴史資料・風俗資料としても読むことができる。1986年のチャールズ皇太子来日、1989年の宮崎勤事件、1995年の地下鉄サリン事件など、世の中で起こったさまざまな出来事、あるいは現象や街のミクロな日常風景が個人史とクロスオーバーするように描かれていく。とりわけ出版業界においては、テクノロジーが発展し、アナログからデジタルへと移行していく、時代の一大転換期でもあった。「写植」の時代を生きた同世代の人間であれば「そういえばそうだった」と懐かしく思い返す点も多々あるだろうし、若い世代の人たちにしてみれば「そんな時代があったのか」と現在との違いに驚くことだろう。言うなれば、「ラジカル鈴木」という一人の人物像を借りて、タイムトラベルを楽しむような、そんな本に仕上がっている。
翻って現代を生きるクリエイターたちは、これからの時代をどうサバイブしていくのだろうかーー。ラジカルの残した言葉の中に、何かヒントが隠されているかもしれない。
読み終えた後、なぜだか無性に吉野家の牛丼が食べたくなることがあるかもしれないが、その時は躊躇せず、店に駆け込んでいただきたい。ぜひ、ご一読あれ。
SABU(編集者)